★ 【小さな神の手】アーサー王の結婚式へ行こう! ★
<オープニング>

「あなたは泣くのよ。泣いて泣いて反省するのよ、オネイロス様にあやまるのよ。ひどいことになった街を見て、苦しまなくちゃならないの」

 ともだちは言った。
 言葉通りに、リオネは泣いたし苦しんだ、と思う。
 それですべてが贖えたわけではないことは、彼女がまだ銀幕市に暮らしていることが何よりの証拠。

「おまえの魔法に踊らされ、傷つき、死んでいる者は山ほどいる。おまえが思っているよりもはるかに多いと思え」

 誰かがそう告げたように、彼女の罪は本当に重いものなのだろう。
 先日の、あの恐ろしく、哀しい出来事も、それゆえに起こってしまったことなのだ。まさしく悪夢のような一件だった。いまだ、市民たちのなかには、深い哀しみと、負った傷の痛みから逃れられないものがいる。

 だがそれでも、季節はうつろう――。

「今度は……ほんとうに、みんなのためになることをしたい。魔法をつかうのじゃなくて、このまちで、泣いているひとが笑ってくれるようなこと。リオネがやらなくちゃいけないこと。……また間違ってるかもしれないけど、今はそうしたいと思うの。ねえ、ミダス、どう思う?」
「神子の御意のままにされるがよろしかろう」
 生ける彫像の答は、思いのほかそっけないものだったが、止めはしなかった。
 ならばやはりそれは、為すべきことなのだと……リオネは考えたのである。
 銀幕市には、彼女がやってきて二度目の春が巡ってこようとしていた。



 リオネは自分1人の力で出来る事を探し、休日の銀幕通りを歩いていた。すると人だかりを見付け、近付くとスーツ姿のフクロウの獣人が道行く人々にビラを配っている。
「皆さん! お時間があれば、我等の王を祝福して下さい!」
「ホロックさん?」
 リオネは獣人の名前を呼ぶ。『獣人達の挽歌』から現れたムービースターのホロック。嘗て、そこの獣人全員で経営するレストラン『アルトリア』をむちゃくちゃな経営方針で振り回し、全員から信用を失い、雑用係に格下げされた。
「きょうはジャージじゃないの?」
「ハハハ……あれからオジさんは凄く頑張ってね、今はチーフマネージャーに戻してもらえた。それよりも!」
 ホロックはリオネにビラを1枚握らせた。それは結婚披露宴の開催が大きく書かれていて、ライオンの獣人アーサーの隣に、上品な顔立ちのメスライオンの獣人が居る。
「彼女が気になるか? 彼女こそ女王に相応しい方だ!」
 珍しそうに女性を見るリオネを見て、ホロックは嬉しそうに彼女の事に付いて話し出す。アーサーの結婚相手は『獣人達の挽歌』の第2弾『獣人達の栄光』に出て来る女主人公のリンカ。ムービースター化して、路頭に迷っていた所をアーサーに拾ってもらい、そこから意気投合し、結婚まであっと言う間に決まった。
「リンカ様は素晴らしいお方だ! そもそも私がチーフマネージャーに返り咲いたのも……」
「もう、わかった……何かわたしに手伝える事ない?」
 ホロックの話を止め、リオネは手伝える事が無いか聞く。
「そうだな、まず人を集めてもらいたいだろ、それに裏方も人手が足りないし、パーティーになるから盛り上げ役も必要だな……」
「わかった!」
 ホロックの話を聞くと、リオネはまっすぐ走り出した。零れ落ちる涙を見せない為に。
(しあわせなのずっとつづかないかもしれない! でも……)
 もし魔法が解けてしまう日がきたら、自分がしてしまった事で、かえって悲しい別れが訪れる事になるかもしれなくても、少女は走った。今だけは最高のパーティーにしようと、涙が乾く頃には市役所が見え、リオネは自分に出来る事を聞こうと入った。

種別名シナリオ 管理番号510
クリエイター天海月斗(wtnc2007)
クリエイターコメントこの作品は前回、私が書いた、アーサー王のレストランへ行こう!の続編になりますが、前作を知らなくても楽しめる様に頑張ります。

この幸せは永遠ではないかもしれません。でも、やるからには最高のパーティーにしたいので、皆様の協力をお願いします。方法は3っつあります。
1つ目は獣人達と一緒に裏方作業の手伝い、主な仕事は料理、会場設営などです。
2つ目は結婚式を盛り上げるパフォーマー、自分がこれだけはと思う特技を持っている方は、それで式を盛り上げて下さい。
3っつ目は客としての参加です。皆様が居ないとパーティーは始まりません。料理が目当て、ムービースターが目当て、何でも構いません。自分なりの理由を持って参加をお願いします。

リオネも出来る限りの事を手伝いますが、先を思って、憂鬱になっています。そんな少女にどんな声をかけてあげるのか、そう言うのがある人はプレイングに記入して下さい。皆様の参加を心からお待ちしています。

参加者
コキーユ・ラマカンタ(cwuy4966) ムービースター 男 21歳 ギャリック海賊団
新倉 アオイ(crux5721) ムービーファン 女 16歳 学生
北條 レイラ(cbsb6662) ムービーファン 女 16歳 学生
ルドルフ(csmc6272) ムービースター 男 48歳 トナカイ
結城 元春(cfym2541) ムービースター 男 18歳 武将(現在は学生)
七海 遥(crvy7296) ムービーファン 女 16歳 高校生
<ノベル>

 銀幕広場の至る所で、メイド服姿の女獣人達がビラを配っている。美しい容姿と、愛くるしい笑顔に、男性達はニヤけながら受け取るが、それを気にせず、コキーユ・ラマカンタはあくびをしながら、ポケットをまさぐって小銭を取り出す。
「参ったね。こりゃ……」
 数枚の小銭が自分の全財産だと知り、コキーユは苦笑いを浮かべた。それをポケットに戻し、再び歩きながら、辺りを見回していると、人通りの激しい交差点で、1人の少女が背伸びしてビラを配るのが見えた。
「アーサーおうとリンカひめのけっこんしきで……キャツ!」
 飛びながらビラを配っていたリオネだが、人とぶつかり、持っていたビラを地面に落としてしまう。少女は慌てて拾おうとするが、ビラは何度も踏まれる。
「ぐすぅ、うぅ……」
「たく、どいつもこいつも薄情だな」
 リオネの目に涙が浮かび出すと、コキーユが一緒になってビラを拾う。ほとんどを彼が拾い上げると、勢い良く立ち上がる。
「こんな子供がけなげに頑張ってんだ。ビラくらい貰ってもいいだろ!」
 そう叫び、コキーユは持っていたビラを手裏剣の様に投げ飛ばす。皆、驚き、逃げ出すが、彼は構う事なく投げ続け、持っていたビラを全て送り付けると、リオネに笑いかけた。
「ここは人通りが多いからな。もっと落ち着いた所にした方がいいぜ、リオネちゃん」
「リオネのこと、しってるの?」
「有名人だからな。場所を変えるぞ、俺様に捕まりな」
 コキーユは屈んでリオネを抱え上げ、自分の肩に乗せると、近くにあったダンボールを持つ。
「こん中にビラ入ってんだろ。安全な所まで俺様が運んでやるよ」
 リオネは手を伸ばしてダンボールを取ろうとするが、コキーユは構わず、少女と荷物を持って、口笛を吹きながら歩き出す。



 リオネは銀幕自然公園で1人、沈んだ顔でベンチに座っていた。そこにコキーユが両手に一本ずつオレンジジュースを持って現れ、片方を差し出す。
「飲むか?」
 それに対し、リオネは黙って首を横に振る。
「飲めよ。このジュース2本で、俺様スッカラカンなんだぜ」
 苦笑いを浮かべながら、コキーユはリオネの手にオレンジジュースを持たせた。自分も、喉を鳴らしながらジュースを一気に飲み干す。
「ウメェ、労働の後の一杯は最高だぜ。ところで……」
 コキーユはダンボールの中から、1枚ビラを取り出して見る。結婚式が行われる事・その為の人材、パフォーマーを募集している事・そして主催者が経営しているレストランがバイトを募集している事を読む。
「なぁリオネ、俺様も……」
 隣に居るリオネに話しかけようと横を向くが、そこには缶ジュースが1本だけだった。コキーユが視線を前に移すと、少女はビラを手に取り、公園に来ている人達に配っていた。
(全く……子供なら子供らしくしてろってんだ)
 溜息を1つ吐くと、コキーユはダンボールからビラを数枚取り出し、立ち上がってリオネの元に向かう。



 終礼のベルが鳴し、アルトリアの厨房は一時の休息を得た。獣人達はコック帽を取り、思い思い寛いでいたが、結城元春は1人、招待状を書いていた。
「何やってんだ、お前?」
 そこにコック長であるワニの獣人ドーガが現れ、元春に話しかける。
「学校の友人に式の招待状を書いている所です」
「そうか。でも、もうすぐ終礼の挨拶だから、それが終わってからにしろ」
 ドーガが言うと同時に、スーツ姿のホロックが現れ、従業員達を整列させた。元春も並び、全員で彼に一礼すると、ホロックはマイクを通して話し出す。
「皆さん、今日も1日ご苦労様です。皆さんのおかげで、本日も無事に過ごせました」
 ホロックは従業員達に感謝し、ねぎらいの言葉をかけた。それに全員が気を良くする。
(変わる物だな。あの偏屈者が……)
 元春はかつてのホロックを思い出し苦笑する。ここに入ったばかりの頃、ホロックは偏った知識で従業員達を困惑させていた。それが原因で一時は、ビラ配りにまで格下げされたが、本人の頑張りとリンカの計らいで、チーフマネージャーに戻った彼は、元春が知っている彼とは、かけ離れていた。
「皆さんも知っている通り、一週間後には我らがオーナー2人の結婚式です。皆で最高の物にしましょう!」
 話題が結婚式になり、ホロックが腕を上げると、従業員達は、おたけびを上げながら、腕を高く突き上げる。
「皆さんが知っている通り、アーサー様と結婚するリンカ様は、我々に様々な愛を与えてくれました!」
 ホロックは目頭をハンカチで押さえながら、リンカがして来た事を話し出す。病気になった時、自分達で治せる治療法の伝授・新メニューの考案・従業員同士のいざこざまで面倒を見た。そんな彼女の優しさにホロックは耐え切れず、泣き出す。
「リンカ様は私みたいな愚か者にも、上に立つ物の器量、態度と言う物を1から教えてくれました。皆さん! 我々の女神様の為、皆で頑張りましょう!」
 号泣しながら話すホロックを見て、もらい泣きするのもチラホラいる中、全員が腕を上げ、力の限り叫んだ。歓喜のおたけびが轟く中、元春は書きあがった招待状を持って、私服に着替え、店を出ようとする。
「待てよ元春!」
 それを止めたのは、鹿の獣人ジョージだった。心配そうに自分を見る彼に、元春は冷静な口調で話し出す。
「俺だって2人には幸せになってもらいたいと思っている。そのエネルギーを取っておきたいだけだ」
「オイオイ、若い内は皆一緒に、バカ騒ぎするもんだぜボーイ」
 元春が外に出ようとドアを開けると、そこには一匹のトナカイが渋い声で、彼に話しかけ、互いの目が合うと、口元に軽やかな笑みを浮かべた。
「ゲッ! トナカイが喋った!」
(お前が言うなよ!)
 喋るトナカイにジョージは驚くが、2人はジト目で彼を見て、心の中で同じ、突っ込みを入れる。
「それで何の用だルドルフ?」
 ジョージに構わず、元春はルドルフが来た理由を聞く。すると彼は口に配られているビラをくわえて、2人に見せた。
「最高にめでたい事だ。同じ獣として、俺にも何か手伝わせてくれ」
「是非、頼む!」
 ルドルフの申し出をジョージは受け入れ、彼の角を両手で掴むと、まっすぐ目を見て話す。
「あなたなら、最高のパフォーマンスが出来る! 力を貸して下さい!」
「任せな、坊や」
 興奮気味のジョージをルドルフは大人の余裕で宥め、軽やかに笑った。楽しげにしている2人を見て、元春は軽く笑い、店を後にした。結婚式を成功させる意気込みを抑え、拳を強く握り締めた。



 結婚式まで3日後と迫った頃、七海遥はビラ配りの為、メイド服姿で銀幕広場に向かっていた。
「マネージャーの話だと、善意で手伝ってくれる人が2人居るって聞いたんだけど……」
 広場に付くと、遥はホロックから聞かされた2人を探す為、辺りを見回す。すると人だかりが出来ているのが目に入り、彼女は人ごみを掻き分け、中に入ろうとする。
「やっと出れ……ん?」
 そこで見た物はビラを手裏剣の様に投げ飛ばし、ところかまわず、ばら撒く海賊ファッションの男と、止めようと何度も飛び上がる少女だった。人々は彼が投げるビラを面白がって受け取り、賛美の声を送った。
「ご声援テンキュー! では期待に応えて、今度は3倍速で……」
「何をやってんですか!」
 遥は彼の耳元で叫び、ビラ手裏剣を止めさせた。男は耳を指で塞ぎながら、呆けた顔を浮かべ、少女も同じ様にキョトンとしている。
「本店のウェイトレスさん?」
 男の質問に遥は黙って頷く。ビラ手裏剣が終わると、人だかりは、あっという間に無くなる。彼女は気を取り直し、ダンボールからビラを取ろうとするが、男の顔を見ると目の色が変わった。
「もしかして……ギャリック海賊団のコキーユ・ラマカンタさんですか?」
 遥は目を輝かせながら聞く。コキーユが黙って頷くと、彼女は胸ポケットから手帳を取り出し、彼に差し出す。
「私、あの映画、凄い好きで……コキーユさんも実体化されたんですね、あのサインを貰えませんか?」
「わ、分かった。するから場所を変えようぜ」
 コキーユは適当な理由を言い、遥を落ち着かせようとする。そんな微笑ましい光景を見ても、リオネの表情は暗いままだった。



 3人は銀幕自然公園のベンチに並んでり、コキーユは遥の手帳にサインをして返す。
「ありがとうございます! 大切にしますね!」
「じゃあさ。俺様の方も質問があるんだけどいいかな?」
 コキーユはベンチから下り、必死でビラを配っているリオネを指差した。人とぶつかり、ビラが地面に撒かれても拾い上げ、何度も配る。その姿を、彼はどこか悲しげな目で見ていた。
「何ていうかさ。リオネちゃんは魔法使えるんだろ? なのにさ、何であんな……」
 コキーユの質問に、遥は顎に手を添え、何かを思い出そうとしていた。頭の中に対策課での話が思い起こされると、彼女は彼の方を向いて話し始める。
「多分、リオネちゃんは、魔法に頼らず今回の事をやろうとしています」
 遥はリオネが自分1人の力だけで、人々を助けようとしている事を話した。それを聞いて、コキーユは俯きワナワナと体を震わせると、そのまま彼女の肩を掴む。
「つまりあれか? 罪滅ぼしの為、自分1人で出来る事をしているって訳か?」
 コキーユは、遥の体を軽く揺らしながら聞く。
「ハ、ハイ……」
「決めたぞ!」
 遥の返事を聞くと、コキーユは手を離し、目から滝の様に涙を流しながら、ビラを持ってリオネに向かって走った。
「俺様、全身全霊を持って手伝うぞ〜!」
 コキーユは涙をそこら中に撒き散らせながら、人々にビラを差し出す。受け取るまで何度も押し付け、受け取ったのを見ると、次の人に渡し、それを繰り返し行く内、彼の姿に変化が現れる。
「すごい、たくさん……」
 常人離れしたスピードで公園内を行き来して、たくさんの残像を映し出し、リオネが言う様に何人ものコキーユが、道行く人に涙ながらにビラを突き出している様に見えた。
「ほら、私たちも頑張ろう」
 呆けているリオネの肩を軽く叩き、遥は笑顔でビラを配る。それを見て、少女の顔にも少し明るい色が戻り、先程よりも柔らかな表情でビラを配り、活発そうなショートヘアの女の子が受け取る。
「元春が誘った結婚式ね……」
 少女は赤毛の髪を指先でいじりながらビラを見ると、鞄から携帯を取り出し、電話をかけた。
「もしもし、レイラ? あんたも元春に誘われてんでしょ?」
「ええ。お呼ばれするつもりですわ、アオイも行くのでしょう?」
 友達と話しながら、アオイは振り返り、ビラを配り続けている3人を見た。一生懸命な姿に、親しい男友達を思い出して軽く笑う。



 結婚式当日、銀幕市でも高級の部類に入るホテルで、式は始まろうとしていた。会場にはムービーファンから、ムービースターまで様々な客が入り、賑やかな結婚式になろうとしていた。
「ネクタイは曲がっていない。袖ははみ出ていない。ズボンは引きずっていない……」
 ロッカールームで元春は1人、ドアに備え付けられた鏡をジッと見て、自分が着ているタキシードにおかしな所が無いか、血眼になって確認している。
「ボーイは下準備が大変だな。余裕で着こなしてこそ大人ってもんだぜ」
「ネクタイ一丁の奴に言われたくない!」
 ルドルフは元春を見てからかうが、首に黒の蝶ネクタイだけ付け、ニヤニヤと笑うトナカイに、元春は呆れながらも怒鳴る。彼はロッカーのドアを乱暴に閉じ、頭をかきながらホールに向かい、それにルドルフも続く。
「ボーイに教えてやるぜ。紳士の振るまいをな」
「そう言ってヘマをするなよ。アオイやレイラも来ているからな」
 2人は談笑しながら、リラックスした面持ちでホールへと向かう。足取りは軽いが、しっかりとした物で、ホールにトナカイと侍のウェイターが現れる。



 緑のミディアムドレスに身を包んだ新倉アオイは、会場前で1人不安そうに辺りを見回していた。
「遅れて申し訳ありません。アオイ……」
「もう! 本当に遅いよレイラ!」
 白一色のドレスに身を包み、北條レイラは、少し怒っているアオイの隣に立つ。2人は受付で祝義を渡すと、一緒に会場へ入る。
「凄いね……」
 アオイは雰囲気に圧倒される。そこには普通の人間だけではなく、様々な映画から実体化したムービースターが多数居た。時代劇に出て来る侍・宇宙人・吸血鬼など、個性が溢れた場所だった。
「アオイ、見て……」
 レイラが指差した先を見ると、自分達が通っている学校と同じ制服を着た少女が、手帳を片手に色々なムービースターにサインをねだっているのが見え、レイラはアオイの手を取り、彼女の所まで向かう。
「お忙しい所、申し訳ありません。わたくし達、あなたと同じ学校に通う1年生の北條レイラと申します」
「あ、新倉アオイです……」
 お辞儀をして丁寧に挨拶をするレイラに対し、アオイはどこかぎこちない態度で、必要以上に頭を下げた。
「レイラさんに、アオイさんだね。私は2年の七海遥! よろしくね!」
 遥は笑顔で2人に返し、元気一杯に手を差し出す。
「こちらこそ、よろしくお願いしますわ」
「お願いします。七海先輩……」
 レイラは差し出された手に軽く添える程度の握手をし、アオイは少し固くなりながらも遥の手を取る。
「今日は絶対、最高の結婚式になるからね! しっかり祝福しようね! じゃあ、また後でね〜!」
 遥は新しいムービースターを見付け、2人に手を振りながら、走って行く。
「元気な先輩ですわね、アオイ」
「アグレッシブな人だな……」
 初対面のムービースター相手に、自分の気持ちを率直に伝える遥に、レイラは好を持ち、アオイは軽く呆けていた。その間にも人は集まり出し、結婚式は始まろうとしていた。



 ホテル内にある厨房は、獣人達で埋め尽くされていた。怒号が響き、走る足音は絶えず、料理を作る音が止む事は無く、そこは戦場と化していた。
「いいか! 客の為、お2人の為にも最高のメシを作れ!」
 ドーガの怒鳴り声は厨房全体に響き、あちこちから気合が入った返事が戻って来た。彼は自分の作業を終わらせると、見回りをして、全体の進み具合を調べる。すると米の量が異常に減っているのが見えた。
「誰かダメにでもしたのか?」
 その質問に、獣人達は首を横に振り、全員が同じ方向を指差した。ドーガが見ると、人間が1人、巨大な中華鍋を振るって、数十人分はあるかと思われる炒め物を作っている。
「オオオオオオオオ! やる気マンマンだぜ!」
 青年は叫びながら、中華鍋を振るい続け、料理が出来上がると、おたまで取り、用意していた皿に目がけて投げると、全てが綺麗に皿の上に乗り、ホールに出せる状態に仕上がる。
「いっちょ上がりだ!」
「ちょっと待て!」
 おたまで中華鍋を叩き、ポーズを決める青年に、ドーガは肩を掴んで彼を見た。
「コック長さん? 俺様はコキーユ・ラマカンタ。ギャリック海賊団の団員だ!」
「そんな事は、どうだっていいんだよ!」
 自信満々で自己紹介するコキーユをドーガは突き飛ばし、並べられた料理の前に立ち、自分のスプーンを取り出す。
「ボランティアで手伝ってくれるのは聞いたが、ここまでやれとは言ってない! マズかったら、どう責任取るつもりだ?」
 ドーガは怒っていたが、それでもコキーユの態度は変わらず、ニヤニヤと笑いながら、料理を勧める。彼は一口食べ、舌全体を使って、良く味わってから飲み込む。すると俯いて体を小刻みに震わせながら、コキーユの肩を掴む。
「これは……ウマイぞ! オイ! この猫まんまをウェイターどもに渡せ!」
 コック長のGOサインが出て、従業員達は皿を持ってフロアに向かった。ドーガはご機嫌に笑っていたが、コキーユは彼の隣に立って、肘で軽く腹を小突いだ。
「猫まんまは無いだろ。これはタコライスと言って立派な料理だぜ」
「そうか。今度チーフにメニューとして提案しといてやる!」
 ドーガは豪快に笑いながら、コキーユの肩を叩いた。それに彼も笑顔になり、2人は肩を組み合いながら笑い、良い仕事が出来た喜びを共有しあっていた。



 新郎・新婦の入場まで、残り30分となった頃、フロアは参列客で埋め尽くされ、料理も出て来た。元春は銀色のお盆を手に持ち、ルドルフは角でお盆を挟んで、料理を運ぶ。
「お待たせしました」
 元春は料理を渡すと、すぐに他の物を取りに行く。そそくさ歩いていると、背中に2つの指が触れる。振り返ると、ニヤニヤと笑うアオイと、口元をハンカチで押さえながら上品に笑うレイラが居た。
「客商売にしては、ちょっと無愛想だよなレイラ?」
「そうですわね。点数にすると65点ぐらいですかわね」
 アオイとレイラは友人の仕事を見て、笑いながら、からかう。それに元春は面白くなさそうにそっぽを向く。
「すねたのか? 全く子供だな」
 アオイの軽口に、元春は黙って親指で後ろを指す。その先には女性を相手に楽しげに談笑しているルドルフが居た。
「俺の仕事は客に料理を運ぶ事。それに愛想が良すぎるのも問題だ」
 そう言い、元春は厨房に戻って行った。レイラはハンカチを振りながら見送ると、ルドルフの姿に呆れているアオイの肩を軽く叩いて微笑む。
「アオイ、おじさまにも挨拶しましょう」
「そうだね。オ〜イ、あんまデレデレすんな〜」
 2人は笑いながらルドルフの所に向かう。やって来る少女達を見て、彼は女性に別れの挨拶をすると、振り返り、満面の笑みを浮かべる。



 料理の手伝いが終わり、余興の棒術を行う為、コキーユは棒を持ち、廊下を歩いていたが、半分だけドアが開いている部屋を見付けて、除く。
(何て、綺麗な……)
 中に居たのは、純白のウエディングドレスに身を包むリンカだった。椅子に座り、たたずんでいるだけだったが、それだけでも絵になり、美しい姿にコキーユは見とれ、体を押し出す。
――あ、やべ……
 思った時には遅く、コキーユは体事、部屋に入り、勢いよく地面に顔をぶつける。彼は顔を擦りながら、起き上がると、自分を見て驚いているリンカに愛想笑いを浮かべた。
「スイマセン。バカな事やって、すぐ消えま〜す」
「待ってください」
 コキーユはすぐに出ようとするが、リンカに呼び止められ、ドアノブを持ったまま固まる。彼女は椅子から立ち上がり、血が滲んでいる彼の腕にハンカチを巻く。
「後で医者に見てもらって下さい」
「ハイ!」
 優しく微笑みかけるリンカに、コキーユは顔を真っ赤にして、その場から逃げる様に去って行った。締まりのない顔で走っていたが、その胸には新しい決意が生まれていた。



 会場では新郎・新婦が入場するまでの間、様々なパフォーマンスが行われ、盛り上がっていた。ほとんどがムービースターによる物で、歌姫の熱唱、アクションスターの演武、画家のトリックアート、最後にコキーユの棒術演武が終わり、遥は満面の笑みで拍手をした。
「素晴らしい物ばかりでしたわ」
「そだね。こう言う経験って他じゃ絶対出来ないからね」
 レイラとアオイは、遥と同じ席に座っていて、3人はコキーユに賛美がこもった拍手を送る。
「楽しそうだな」
「俺達も邪魔するぜ」
 そこに元春とルドルフが座り、3人の輪に加わる。
「仕事サボっていいのか?」
 アオイは笑いながら2人を指差し、からかう。
「オーナーの計らいでな。『友達と楽しんでこい』だそうだ」
「俺はボランティアでの参加だからな。最後の大仕事までパーティーを楽しませてもらう」
 元春は冷静な口調で言い、ルドルフは笑いながら、グラスにシャンパンを注いで飲む。
「始まりますわ」
 レイラが言うと、会場は暗くなり、ドアにスポットライトが当てられ、スモークが流れ出す。
「お待たせしました。新郎・新婦の入場です!」
 司会が言うと、ドアが開きスモークの中、先にアーサーが、白いタキシードを身に付け現れる。か細い手を引き寄せると、女神が姿を現した。腰まで伸びた黒髪をなびかせ、リンカは夫に手を引かれ、照れくさそうに頬を染めた。
「2人とも幸せそうだね」
 アオイはレイラに話しかけるが、彼女は呆けた顔で2人を見続け、自分の世界に入っている。
「夢見る少女の邪魔はいけねぇよ、そっとしといてやれ、ヤマネコちゃん」
 そう言うルドルフの顔は酒が回り、顔が真っ赤になっていた。飲んでいる物も、シャンパンから赤ワインに変わっていた。その様子にアオイは軽く呆れる。
「ほどほどにしなさいよね、みっともない……」
「ではブーケトスを行います。女性陣はご起立をお願いします」
 司会の言葉を聞くと、アオイと遥は立ち上がり、ブーケを投げようとしているリンカを見た。彼女が周りを見回した時、レイラもゆっくりと立ち上がり、2人を見た。
「2人とも負けませんわよ!」
 レイラはニッコリと2人に笑いかける。それに2人が微笑み返すと、全員が新婦の方を向き、ブーケに視線を注ぐ。
「それ!」
 リンカの掛け声と共にブーケが放たれ、女性陣は走り出す。その勢いに元春は圧倒され、隣に座っているルドルフの方を見ようとする。
「凄い物だな。あれ?」
 隣を見ると、ルドルフの姿は無く、元春はキョロキョロと辺りを見回す。新婦の方を見ると同時に、空中から黒い影が飛び、ブーケを掴んで着地した。
「こりゃ良い。口の中、サッパリさせたいと思っていた所だからな。ウマイ!」
 そこに居たのは顔中を真っ赤にさせ、ブーケを食べているルドルフだった。全員が呆気に取られている中、彼はブーケを食べ続け、幸せそうな顔を浮かべていた。
「あんの、バカトナカイ〜」
 アオイはその場に立ち尽くし、拳を力強く握り、体を震わせていた。レイラと遥は彼女の肩を叩きながら、宥めていたが、後ろから豪快な男の笑い声が聞こえると、3人は振り向く。
「まぁ、いいじゃね〜か! 見てみろ! ウケてんぞ!」
 コキーユは大笑いしながら、会場を指さす。彼が言う様に男性陣は、客同士、談笑し、女性陣は苦笑いを浮かべつつも、それがきっかけで話が盛り上がっていた。
「でもさ、コキ……」
「話が分かるな。海賊の兄さん」
 言い返そうとするアオイだが、ルドルフが一行の輪に加わると、遥とレイラが自分の意見を話し出す。
「私は気にしていないし、皆、楽しそうだし、今回は許してあげよう」
「そうですわ。アクシデントは最高のスパイスですわ」
 2人とも笑顔で話し、アオイを宥めようとした。彼女は髪を乱暴にかきむしると、振り返り、自分の席に戻ろうとする。
「いつまでも元春を1人にしたらかわいそうだし、過ぎた事をとやかく言うのも気分悪いからね、行こう」
 遥とレイラはアオイのそばにより、楽しげに話しかけた。ルドルフは顔を動かし、コキーユを誘うと、彼は椅子を持って一同に続いた。



 コキーユが加わってから、結婚式も挨拶や催し物で盛り上がり、皆、楽しく談笑していたが、遥だけは1人キョロキョロと辺りを見回し、落ち着きが無かった。
「どうした? まだサイン貰ってない奴が居るのか?」
 コキーユの質問にも、遥は首を横に振るだけで、表情はドンドン不安げな物に変わって行く。
「探し物なら、俺達も手伝うぜ、カワイ子ちゃん」
 ルドルフはグラスを鳴らしながら、遥にウィンクをする。他の皆も笑顔を浮かべ、自分の気持ちを表す。
「皆ありがとう。実はリオネちゃんを探しているんだけど、見付からなくて」
 そう言われ、一同も辺りを見回すが、会場のどこにも少女の姿はなかった。
「もしかして出てないのかな? あんなに頑張ったのに……」
「どう言う事だ? 俺は初耳だぞ」
「実はな……」
 遥の言葉に元春が反応すると、コキーユが事の詳細を話し出す。今までリオネがやって来た事、現在の心境、感じている不安、全てを皆に話した。
「だから、あんなに頑張ってたんだ……」
 アオイの頭に、背伸びしながら公園でビラを配っている少女の姿が思い返され、辛そうな表情を浮かべる。
「皆さん、あそこ……」
 レイラは恐る恐る指さした先には、リオネが1人寂しそうに座っていて、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「すぐに駆け付けてやりたい所だが、もうすぐ終わりの挨拶だ。それを聞いてからにしよう」
 ルドルフが言うと、全員が静かに頷く。司会に呼ばれるとマイクの前にリンカが立ち、静かに話し始める。
「皆様、今日はお忙しい中、集まっていただき、本当にありがとうございます」
 リンカは会場の全員に深々と頭を下げる。全員が会釈を返すと、彼女は頭を上げ、まっすぐ前を見る。
「私は今日、皆様に会えた事を感謝しています。私達は本当に幸せ者だと思います。これだけ大勢の人達から祝福してもらえるのですから」
 リンカはアーサーの方を向くと、彼は彼女に微笑んだ。
「これから先、彼と一緒に頑張っていこうと思います。では最後に私から1つだけ言わせて下さい」
 リンカは一瞬、リオネの方を見てから、顔を今まで以上に真剣な物にして話し出す。
「永遠はどこにもありません。どんな物にも必ず終わりはあります」
 話を聞くと、リオネの体が震え、少女は自分を抱き、体の震えを抑えようとする。
「しかし、だからこそ、我々は毎日を一生懸命に生きるのではないでしょうか? 見えないからこそ、頑張れる事が出来て、分からないからこそ、最善を尽くそうとするのではないですか?」
 彼女の言葉が、会場に居た客達に響き、頷き感心していたり、目頭をハンカチで押さえ涙する者も居る。
「私達、夫婦は明日どうなるかも分からないです。しかし、それは私達にだけ言えた事ではありません! 明日が分からない。だからこそ今日を一生懸命に生きるのだと思います。そして私は、これからも夫やアルトリアの皆と共に歩み続けます。今日は本当にありがとうございました!」
 リンカは全て言い切ると深々と頭を下げた。会場から溢れんばかりの拍手が送られ、彼女は頭を上げ、涙を手で押さえながら、空いている手を振った。アーサーも満面の笑みを浮かべ、妻に拍手を送り続けた。
「さて、行くぞ」
 一緒に拍手を送っていた一同だが、ルドルフに言われ、全員、立ち上がってリオネの元に向かった。



 皆が笑顔で拍手を送る中、リオネだけは暗い顔で俯いていた。
(どうなるのか、わからない。けど……)
 少女の中に悪い考えが何度もよぎり、リオネは椅子から降りて出て行こうとするが、誰かに肩を叩かれ、振り向く。
「まだパーティーは終わってないぜ」
 笑いながらルドルフが言うと、他の皆も集まり、全員がリオネの事を心配そうに見る。
「リオネさんが頑張ったおかげで、とても素敵な結婚式になりましたわ。楽しかったですわ、ありがとうございます」
 レイラは穏やかな笑みを浮かべると、スカートの両端を手で摘み、リオネに会釈した。
「でも、けど……」
「そう悲観ばかりする事もないだろ」
 今にも泣き出しそうなリオネをルドルフが抱きしめる。自分の胸でさめざめと泣く少女に彼は穏やかな口調で話す。
「嘆いてばかりじゃ、何も変わらないぜ。どうせなら最高にクールな生き方しようじゃないか、小さな女神ちゃん」
「ルドルフさんの言う通りだよ」
 ルドルフに触発され、遥は屈んでリオネの目線に合わせると、少女の頭を撫でながら、あやす様に自分の意見を話し始める。
「辛い事や悲しい事もあったけど、私は今に凄く感謝しているよ。いつか、お別れしなきゃいけない日が来るなら、その時までに楽しい思い出、一杯作って、皆で笑いあいたいじゃない。だから頑張ろう、ね!」
 遥は笑いながら言い、リオネは泣きながら、ルドルフの胸の中で頷く。それを見ると、遥は少女の体を持ち上げ、ルドルフの背に乗せる。
「これからグランドフィナーレだ。見せてやるぜ、最高のハッピーをな」
  ルドルフはリオネを背中に乗せて、会場を出て行き、皆も後に続いた。



 入り口の前は会場に来ていた客で溢れていた。皆の視線は、後ろに空き缶が付けられた木製のソリに集まっていた。新郎・新婦は既に乗り、運転手を待っていた。
「や〜スマン、スマン」
 人の波を掻き分け、ルドルフはゆっくりと現れ、ソリの前に立つと手綱を付け、リオネを遥に預ける。
「行くぜ! 銀幕市を一周してくるぜ!」
 威勢の良い掛け声と共に、ルドルフが飛び上がり、2人を乗せたソリと共に空を飛んで行った。リンカは上空から皆に向かって手を振り、客もそれに応え、上に向かって、何度も祝福の言葉を送った。リオネも目を輝かせて、見ていたが、突然、頭を乱暴に撫でられ、手の方を見る。
「まぁ何て言うか、おめぇ、いい仕事したんだから、今はそれでいいだろ……」
 コキーユは照れ臭そうに言うと、リオネの頭から手を退かし、そっぽを向いて口笛を吹く。
「そ、そうだよ、ほら! 皆、楽しそうじゃん」
 アオイは周りを指さしながら言う。そう言われ、リオネが周りを見回すと、彼女の言う通り、皆はとても楽しそうに笑っていた。
「これが、いまを生きる……」
 リオネの頭にリンカの言葉がよぎり、遥に抱かれながら考え、少女は口を開く。
「リオネ、がんばってみる。やるだけの事をやってみようって思う。リオネやみんなが楽しくなるように……」
「よく出来ました」
 少女の決意を聞き、遥は優しくリオネの頭を撫で、微笑んだ。その様子を安心した様に見ているアオイに1つの花束が渡される。
「先程の物と同じ花だそうだ。……欲しいのであろう?」
 軽く頬を染めながら、元春は彼女に花束を差し出していた。それにアオイは少し呆れながら笑い、花束を受け取った。
「ブーケって本当はこう言う風に貰う物じゃないけど……いいよ、貰ってあげる」
「あらあら、仲睦まじいですわね」
 レイラがハンカチで口元を押さえながら現れ、元春の前に立つ。
「本当に良い、結婚式でしたわね。元春は誰か意中の方はいませんの?」
 レイラの質問に元春とアオイは、ほぼ同時に顔を真っ赤にさせる。アオイは、そっぽを向いてごまかすが、元春はそのまま話し出す。
「ばっ、馬鹿者! 俺はまだ修行中の身だ! 女子に構っている暇は無い!」
「それなら、何でそんなに動揺してますの?」
 元春は平静を装うとするが、レイラは動揺している彼をからかって楽しむ。その様子を遥は笑いながら見ていたが、誰かに指で肩をつつかれ、振り向く。
「ちょっと話があるんだけどさ……」
 コキーユはボソボソと遥に耳打ちをする。皆、自分なりに今を楽しんでいるのを見て、リオネの心は晴れやかな気持ちになり、遥の腕の中でニッコリと微笑んだ。



 結婚式から一週間後、アルトリアの厨房は今日も忙しく、コキーユは中華鍋を振るい、タコライスを作っていた。
「上がったぜ!」
 ウェイターが料理を持って行くと、すぐに皿洗いへ移る。一生懸命、仕事をしているコキーユの肩にドーガが手を置く。
「頑張ってんな」
「当然、仕事くれたんだから。やる気満々で突っ走るぜ!」
 コキーユはドーガに親指を突き立て、皿を洗い続けた。ドーガがその場を離れようとした時、彼のポケットから一枚の布が落ちる。
「落としたぜ……これは!」
 ドーガが布を拾うと、表情は一変し、コキーユを振り向かせ、胸倉を掴んだ。
「これはリンカ様のハンカチじゃねーか! 何でオメーが持ってんだよ?」
「ちょっとしたアクシデントから……」
「まさかとは思うが、テメェ、ここに入ったのはリンカ様を狙っているからか?」
 ドーガの言葉を聞くと、作業をしていた獣人達が一斉に集まり、それぞれ調理道具を持って、コキーユを憎しみがこもった目で睨む。
「もしテメェがあの方にちょっかいだすってんなら……」
「やっつけちゃうぞ!」
 獣人達は全員、包丁や調理用のハンマーをコキーユに向けて睨み、ドーガも彼の眼前で愛用の包丁をちらつかせる。
「そんな事しないから、勘弁して……」
 コキーユは歯をガチガチと鳴らしながら、両手を前に突き出す。恐怖を感じると同時に、絆の強さに圧倒されていた。



 厨房の騒ぎは、ホールにも伝わり、元春は呆れ、遥は笑いながら聞いていた。
「何か騒がしい所だね」
「でも退屈はしなさそうですわ」
 客で来ているアオイとレイラは、談笑しながら料理を食べて、2人の反応を楽しむ。そこに元春と遥がやって来て、同じ席に座る。
「レイラの言う通りだ。退屈はしないぞ」
「2人も働いてみたら? ウェイトレスは今でも募集中だから」
 元春は軽く笑いながら、遥は屈託の無い笑みを浮かべ、2人に話しかけた。バイトの誘いにアオイは微妙な表情を浮かべ、レイラは微笑む。
「あたしはやめときます。ちょっと他にも色々あるんで……」
「わたくしもご遠慮させてもらいますわ」
 2人が断ると同時に、店へ新しい客が入る。ルドルフは辺りを見回し、一行の席を見付けると、一緒に座る。
「よう。リオネの事に付いて話しておくぜ」
 ルドルフは最近のリオネに付いて話し出す。結婚式の後、少女は本来の元気を取り戻し、遊んだり、誰かの手伝いをしたりで毎日を過ごしているようだ。誰かの手伝いをする場合も、出来る限り自分の力で成し遂げようと頑張っているらしい。
「元気を取り戻したんですね、本当に良かった」
 遥はリオネの今を知り、安堵の表情を浮かべ、胸を撫で下ろす。
「まだまだ色々な事がある。だが、ここは大丈夫だろう」
 元春は壁に飾ってある大きな写真を見る。そこにはアーサーとリンカを中心に皆が楽しげに笑い、2人の結婚を祝福している様子があった。その中のリオネは満面の笑みを浮かべていた。

クリエイターコメント今回は2人の結婚式を祝福してくださって、参加してくれた皆様には本当に感謝しています。出来る限りの力を使い、良い結婚式になる様、努力しました。

これからも頑張ります。よろしくお願いします。
公開日時2008-05-04(日) 19:50
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